坂口安吾デジタルミュージアム

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コラム

■大川栄二氏(大川美術館館長)逝く!   安吾を語る会代表 奈良彰一

桐生からひとりの強烈で個性的な人間が、天界へと旅立った。「安吾を語る会」を立ち上げた時からの理解者だった。 あれから20年、そして美術館は21年が経過した。早いものだ。

大川さんは安吾を知れば知るほど、「俺は安吾の生まれ代わりだ」と自認した程だ。 もう一人自認していたのが周東隆一さんだった。クラクラ日記に登場する人物だ。 この二人は妙に馬が合った。いや互いに尊敬もしていた。

桐生には名も知らぬ安吾自認者が、他にもいたのかも知れない。 そう思うと実に愉快ではないか。

大川さんは東京の安吾忌にもよく参加していただいた。 故三千代さんを紹介してからはよく会話を交わしていたが、きっと一人で喋っていたに違いない。

私の車で大川さんと蓑崎さんを乗せて、よく帰桐した。やはり帰路は喋りまくりで、隣の蓑崎さんは眠れない時を過ごしたはずだ。

慣れている私たちだが、初めての人は閉口したに違いない。しかし次第に話を挟むタイミングも知ってくるものだ。

大川さんは自ら財団を設立し、大川美術館に夢を託した。それは未来の子供たちであった。 時代の変化は余りにも早い。「自らを見つめ、ロマンをもち、他人の痛みがわかる人になれ」、日ごろの口癖であった。

美術館はそれを手助けするものだ。そんな哲学をもって生きてきた人だった。 酸性土壌の桐生は、まだアルカリ性になったわけではないが、少しずつ良い街になっている。

新潟は安吾をキーワードに活力が出てきたようだ。

私はまだ消極的かも知れない。しかし、文学、風土や歴史、音楽や美術を一体的に捉え、安吾忌を開催していきたいものだ。

文化は観光にもなるものだが、食い物にしようとすれば淘汰される土地でなければいけない。

品格のある街と無い街は、やはり住む人が決定してしまうものだろう。

心から自分の住む街を誇りに思うとき、品格が生まれる。と

大川さん、そう思いませんか?

2009.1.16 安吾を語る会代表 奈良彰一

 (偲ぶ会は2月7日 桐生で開催)