ライスカレー100人前事件
学校で出会える安吾先生
「ラムネ氏のこと」
三好達治がラムネ玉を発明したのはラムネー氏であると言ったが、辞書を引いてみても見当たらない。だが、我々の周囲に物が出現する背景には、誰かしらの挑戦があったのである。このような、人々の中に宿っているラムネ氏の発見を基に、フグを食ったもの、茸とりの名人、そして「愛」という言葉に「お大切」という訳語を付けたバテレンたち、勧善懲悪の公式に人間の立場から反抗した戯作者たちのようにラムネに徹する者のみが物のあり方を変えてきたと主張し、さらにそれは男子一生の業とするに足ることであると説く。

ラムネー氏を人々の挑戦の隠喩に変えてしまうこの小論は非常に坂口安吾流のウィットとユーモアに富んでいる。しかし、その論旨の歴史観、道徳観は非常に豊かであり淀みがない。六頁の短い文章でありながらも、学校で読んだこの「ラムネ氏」が忘れられなくて坂口安吾のファンになった人も多いといわれる名文である。
 
「日本文化私観」
ブルーノ・タウトは日本を発見したからこそ日本文化、伝統について論じる必要があったのだが、我々は日本に生きそれらをすでに体現している。だからこそ、「祖国の文化」を賞賛し無理な辻褄合わせや解釈をするのではなく、真の生活が要求する必要性にしたがって自在に文化・伝統を変化させることが肝心だ。我々の生活が健康であれば我々の文化・伝統は健康でありその中から発生した真の要求ならば、必ず真の伝統的な美も誕生するのである。

ブルーノ・タウトの著書のタイトルをそのまま借用したこの作品。だが、坂口安吾は日本人としての日本文化観にこだわり続けた。実用・生活の必要ということが肝心であると訴え続けるこの作品は、まるで日本美という観念が外国からの視点を意識することによって形成されている今日の傾向を取り糺しているようである。
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