ライスカレー100人前事件
全てを抱きしめる笑いの世界
「母の上京」
敗戦のどさくさに紛れ故郷との音信を絶った夏川だが、母に住居を突き止められてしまったことを隣室のヒロシから聞かされる。心の中に住む厳格な母の幻のために夏川は母親に会えず、ヒロシとともに外をふらつくことにした。オデン屋で酒を飲み酔っ払った夏川とヒロシはヨタ者にからまれ衣服を巻き上げられてしまう。その結果、しかたなく母の待つ家に帰ったが、直前で決心の薄れた夏川はヒロシを抱えて母と対面することにしようとするのだが…。

男娼をして生計をたてるヒロシや隣室に住むオコノミ焼きの母娘など、戦後の困窮した社会が舞台となりながらも、夏川が母と対面する最後の最後で、作品を通徹する貧しさを吹き飛ばすぐらいの笑いと贖罪が用意されている。ただの笑劇とは一味も二味も違う、坂口安吾がおくる笑いのカタチを是非味わっていただきたい。
 
「村のひと騒ぎ」
村でたった二軒の由緒正しい豪家のうち一軒の寒川家の婚礼の朝、もう一軒の寒原家の女隠居が永眠した。婚礼と葬式ときに出される山海の珍味と酒を生涯唯一の楽しみにしている村民にとってそれは一大事だった。婚礼に行けば通夜に行けず、通夜に行けば婚礼に行けない状況の中、目の前に現れた二つのご馳走にありつくために全村民は学校に集まって相談する。そして、全村民の集まった雨天体操場で、校長先生の演説に続いて村民に不肖の医学士と言われている男が語りだした驚くべき秘策とは…。

人の死という深刻な出来事からはじまったこの事件が、こんなにも鮮やかに笑劇になった例がはたして他にあっただろうか。二者択一が限界まで不可能だと思われたときに陥った極限状態が引き起こす校長先生の熱のこもった演説と医学士の秘策、そして村民の団結力がとてもダイナミックに描かれており、よりいっそうの笑いを誘う。
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