ライスカレー100人前事件
安吾の描いた別涙の風景
「風と光と二十の私と」
父が死んで借金を抱えた私は二十で中学を卒業すると、周囲の説で小学校の代用教員として働くこととなった。七十人の五年生を受け持つのだが、本当に可愛い子供は悪い子供の中にいることを知る。子供たちと満ち足りた生活を送る一方、一人でじっと物思いに耽っているともう一人の自分が、満足しすぎちゃいけないぜ、と睨み付ける幻想を感じるのだった。そしてわずか一年で世を捨てることへの焦燥、不安を感じながらも「さとり」への憧れから教員をやめるのだった。

坂口安吾の自伝的要素の強い小説といわれているこの物語はとても優しさが溢れている。本当に可愛い子は悪い子供の中にいる、という言葉通り私は登場する子供たちをとても暖かいまなざしで見つめていくのだが、私に忍び寄る戸惑いや不安の影のせいであまりにも唐突に終わってしまったこの生活はまるで幻であったかのような儚い印象を受ける。
 
「三十歳」
いずこへ」の女との生活をやめ母の住む蒲田の家へ戻ってきた私を矢田津世子が訪ねてきた。四年ぶりの再会でお互いに愛を告白しあうが、私にとっての矢田津世子はもはや現実ではなく、夢の中だけでしか存在しないことに気付く。後日、彼女と食事をした夜、私は矢田津世子を抱きしめたが、体を引き離していくような感触を受け、接吻をしても矢田津世子には表情も身動きもなかった。彼女が帰ってすぐに絶縁の手紙を書くが、矢田津世子からの返事はなかった。

矢田津世子の訃報によって現実の関係が終わったことをきっかけに書かれ始めたこの物語からは、月日による変化の遣る瀬無さが滲んでいる。恋した人に再会したときに、お互いを隔てる時間の壁の存在のせいで、まるで赤の他人のように感じてしまった経験はあなたにはあるだろうか。
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