松之山情報
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■第3回安吾まつり

 

5月14日、第3回安吾まつりを松之山の大棟山美術博物館にて開催しました。

3月12日午前3時59分、新潟・長野県境付近を震源とする地震で、松之山は震度6度弱の揺れで、大被害を受けました。村山玄二郎会長より、「今年の安吾まつりは、大丈夫ですか?出来ますか?」との電話に、事務局サイトとしては、スケジュールその他全て出来上がっていたので、「やります」と返事をしましたが、大棟山美術博物館の被害が想像以上にすごかったのです。

理事長の村山さんには「無理です」と断られ、他の会場探しをしましたが見つからず、再度相談し、安吾まつりの会場とする場所のみを、全員で後片付けをするという事で了解をいただきました。

しかし雪がまだ2mも残っていて消えるか不安でした。4月11日と19日とブルドーザーを投入して除雪作業を行い、5月12日には松之山安吾の会、会員が半日かけて、会場を片付け、綺麗に掃除しましたが、壁が落ち、障子は破れ、ガラスは割れている状態でした。こんな状況で安吾まつりを行うのは、チョット気が引けましたが、被災の大きさを来ていただいた皆様からも見ていただこうと、会場設営を行いました。あとは当日の天気頼み。

5月14日 快晴。 
ただ1つ心配事が・・・5月12日から国道353号線、津南・松之山間が通行止に!! 結局、桐生組は、間に合いましたが、新津組は、迂回したため遅れてしまいました。

まず松之山・朗読の会による「杢兵衛坂」の朗読。この話は何回も聞いている地元の人でも、そのたびに涙が出てきてしまいます。辛い話ですが、杢兵衛さんのおかげで沢山の人達の田畑が残り、今の兎口地域があるのでしょう。この日の朗読は、特別に歌を挿入しての演出でした。

兎口の旅館「植木屋」の風呂に度々入った安吾さんも、この話は聞いていた事だろうと思います。

いよいよ田辺さんの名司会による進行で、安吾まつりが始まりました。開会の挨拶では、村山会長からドナルド・キーン氏(第5回安吾賞)の日本永住の話が出、「今だからこそ安吾まつりをやるのだ」、復興に向け「ガンバロウ、安吾精神で!!」と。参加者全員が会長の強い心意気を感じました。

続いて、十日町市長の挨拶、新潟市長のメッセージと、両市長からも安吾を愛するお言葉をいただきました。

さらに各地の安吾の団体から活動報告。安吾の顕彰にも地域の独目性が現れていて、他団体との交流も深めようと話し合われました。

綱男さんの『写真でたどる安吾』は、初めて見るもの、聞く事。年毎に趣向をこらしておもしろくなっています、との参加者の声。綱男さんのスピーチが、安吾ファンの心を釘付けにしてしまいました。新潟日報の記事を見て綱男さんの話を是非聞きたいと、上越市から何人かが初参加してくれました。

橘 由貴さんの語りによる『桜の森の満開の下』。これは安吾の代表的な作品で、いろいろな人が朗読をしていますが、今までとは違った世界を彷彿させてくれました。

そして閉会の挨拶。佐藤利幸副会長が、来年も多くの人達から参加して欲しいとの話があり、無事終了しました。

齋藤正行安吾の会会長の、いつもながらの優しく、厳しい指導のおかげで、第3回安吾まつりを、70名ものファンから集まってもらい、大盛会のうちに終了する事ができました。来年も頑張るぞーという気持ちで、松之山・安吾の会一同は、後片付けをしました。

懇親会参加者は、松之山温泉でひと風呂を浴びて、会場へ移動集合です。

会場『おふくろ館』の最高の料理“山菜のみのフルコース”、酒は安吾愛飲の「越の露」、1升瓶をそのままテーブルの上に置いて始まりです。開宴の挨拶は、登坂尚志副会長の「安吾精神で飲みましょう」の一言。

山菜は珍しい物が多く、旅館の人から1品ずつ、名前や料理法を教えてもらいながらの宴会でした。飲むほどに賑やかになり、人も移動して、終宴時間もわからなくなる程ですが、電車で帰る人がいる為、1次会終了。その後2階へ料理・酒を運んで、またまた大宴会が始まりました。

次の朝、好評だった“雪下人参”の販売を行い、泊まり組の皆様を見送って、無事解散しました。7月の松之山安吾の会の総会にて、今年の反省と来年の安吾まつりの計画を話し合う予定です。

安吾まつり
 
安吾まつり

安吾まつり

坂口綱男氏 トーク「安吾のいる風景 その後」

松之山安吾の会
会  長  村 山 玄二郎
事務局長  高 橋 主 計

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