松之山情報
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■坂口安吾まつりin松之山を終えて

松之山安吾の会 事務局長 煖エ主計


 6月7日、天気晴、午前10時出発。

5月11日、5回目となった坂口安吾まつりin松之山が大棟山美術博物館において行われました。地元湯山の甚句のメロディーを合図に松之山朗読会4人による語りが始まり、ひとり1話ずつ方言での話に会場は聴き入っていました。

開催挨拶の中で私が、昨日は天気が良く明日の予報も良く、今日だけが雨模様と話をしていたら、綱男さんが一言「安吾みたいでいい日だ!!」と。 開会挨拶の前に、柳会長代行から村山玄二郎会長が亡くなられたとの報告をいただいた。

昨年の安吾まつりの挨拶の中で会長玄二郎さんは、喜久さんが自らの命を絶ったときのことをしっかりと話していました。後日分かったことですが、玄二郎さんはすでに医師から余命宣告をされていたとのことで、昨年9月にとうとう帰らぬ人となってしまいました。

今年は会長が玄二郎さんの弟の黄三郎さんに引き継がれました。新会長は挨拶で「くたばるまで頑張る。」との力強い言葉を述べていました。

今年の坂口安吾まつりは70名以上の安吾ファンが集まり大盛会のうちに進行していきました。昨年は会場が寒いとの苦情が出ましたので、今回は寒さ対策をしっかりやったところ少し暑いくらいとの声もあるほどでした。

 開会式には十日町市長がまだ見えないので冷や冷やしていたところ、スピーチの時間に間に合って、安吾ファンに松之山の文化をいつまでも応援してほしいと話されました。その後各地の安吾の会、新潟、新津、桐生そして新潟市役所、風の館と活動報告があり、新潟市長、桐生市長のお祝いメッセージが披露されて開会式は無事時間内に終わりました。

休憩の後の第2部は坂口綱男さんによる「安吾と喜久と小菊荘画譜」と題してのお話です。鎌倉で療養中の姪、喜久を見舞った折に安吾と真雄さん、政司さんが描いたという小菊荘画譜3冊の各ページをスライドで示しながら、エピソードを語りました。綱男さんはこの日のためにいろいろなところから資料を取り寄せてこられたと見え、様々な方向から解説されていましたが、会場にいた喜久さんの妹美和さんから「ちょっと違うんじゃないかね?」との声がかかることもあり、おもしろおかしい二人の会話に会場は大笑いの場面もありました。安吾が喜久さんの面倒をみていたということを分かりやすく説明されていました。安吾は、喜久さんが亡くなってから松之山を訪れることは二度となかったということでした。

 そして第3部千賀ゆう子さんによる「紫大納言」の朗読の時間。千賀さんはこの「紫大納言」を自分のライフワークにしたいとのことで、その熱演ぶりに参加者は千賀ワールドにはまってしまい、誰ひとり席を動きませんでした。会場の大棟山美術博物館は安吾が実際に泊まっているところであり大好きだった場所でもあるので、他にない雰囲気を持っており、安吾がそこにいるように感じられ、安吾作品の朗読には相応しいといえるでしょう。

 千賀ワールドの余韻が残る中、松之山安吾の会の登坂副会長の閉会の挨拶で安吾まつりも無事終わり、宿泊のお客さんは鷹の湯へ移動。日本三大薬湯の一つに入り今日の感動を思い浮かべたことと思います。

 まつりの締めくくりはおふくろ館での夕食。今年は参加者が増えまして、隣の部屋まで戸を外して拡大しての会場。肉や魚は出さない。すべて近くで採れた山菜のみ。参加者は美味しい美味しいとパクパク口の中へ。お酒は安吾が好物だった「越の露」を各テーブルに一升瓶のままで茶碗酒。お酒がなくなるにつれて大移動が始まり会場は指定席にいる人はほとんどいないくらいに盛り上がっております。一升瓶の追加もどんどん上がりました。美和さんも活発にお酌にまわっていました。退院するたびに元気になられる変なオバチャン。

 そろっと夕食会も閉会となり、2階に上がって二次会。これがまた大勢の参加者で会場いっぱいでした。私は途中で帰らせていただきましたが、最終の時間は真夜中の2時とのこと。安吾ファンは酒の時間が大好きです。  

あくる日は松之山特産の雪下人参をお土産に松之山を後にして全員無事に帰路へ。



追伸 小菊荘画譜全頁は、モニター画面を使い、6月4日より大棟山美術博物館で見る事ができるようになります。

坂口安吾まつりin松之山
 
坂口安吾まつりin松之山


坂口安吾まつりin松之山

坂口安吾まつりin松之山

坂口安吾まつりin松之山

坂口安吾まつりin松之山

坂口安吾まつりin松之山

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