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「戯作者文学論」

「女体」執筆のさなかに、その創作過程を赤裸々に記した22日間の日記。

 安吾の日記(というスタイルのエッセイ)は、「負ケラレマセン勝ツマデハ」に代表されるように、たいてい何ものかとの闘いの記録なので、どれも非常に面白い。

 本作も例外でない。短い小説1作のため、苦闘に次ぐ苦闘。要は書けなくて遊んでしまった、という日もあるのだが、ようやく数行書けても、翌日にはまた一から書き直しになったりする。頑張っても徒労に終わる日が多いのは、作家としてはつらいことだろう。

 シュールレアリスムで試みられた自動筆記ほどではないにしても、安吾は純文学を書く場合、大部分の展開を決めずに書きはじめ、書きながら主人公たちが動きだすのを待つ、というやり方をとる。

 しかし、ストーリーは天から降ってくるわけじゃない。潜在的にも、また、経験則からも、自分の好きな展開、書きたいキャラというのはある。それに反したものを書こうとすると、筆が進まない、というか、気が進まない、書けない、という状態になるわけだ。

 こんなに開示しちゃっていいのか、と心配になる部分も多々ある。素子のモデルは矢田津世子だと明言してしまう。「吹雪物語」もそうだったと明かす。戦争中にも「青春論」で矢田との恋について書いていたが、名前は伏せてあった。矢田が登場する自伝的小説「二十七歳」は本作の2カ月後の発表なので、「戯作者文学論」が初めての実名告白となった。それにしてはあまりにさりげない書き方で、読むほうはビックリしてしまう。

 安吾は「女体」を書く過程で、いよいよ「二十七歳」に取りかからねばならないと決意したのかもしれない。

 安吾や太宰らが「新戯作派」と呼ばれ始めたのは、本作発表の数カ月後から(「無頼派」の呼称はさらに何年も後のこと)であり、これ以前に安吾自身が「戯作者」を標榜したエッセイなどもないようだが、平野謙はこのタイトルで安吾に依頼してきた。

 平野は「作者の意図」のようなことを論じたがるので、それが確固としてあるものではないのだ、という半分カラカイ、でも正直な内実を、あんがい親切に書き綴っている。

 
(七北数人)  
 
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