坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「わが血を追ふ人々」

 戦争中、安吾が最も熱心に取り組んだのは歴史長篇「島原の乱」だった。1942年初め頃には上下2巻の刊行予定まで決まっていたが、未完のまま終わった。

「島原の乱」第一稿(全集第15巻)、「島原の乱」断片(同別巻)など、書きあぐねては新たに想を練り直し、また一から書き始める、ということを繰り返したようで、その最終形が本作である。ただし、これも書き出しの「その一」が発表されたきりで、後はない。

 時系列はどの稿も同じで、乱の勃発より少し前、キナ臭い雰囲気の中、天草四郎が天人だの神の子だのと崇められ始めた頃である。

 宗教の教祖になる人間や、熱狂し惑溺する信徒たちの心の実態に、安吾は昔から強い関心をもっていた。先に「イノチガケ」でキリシタン殉教の数々を描いてみせたが、宗教的大発狂の最大の例として、島原の乱を書かずにはいられなかった。

 最終稿の本作では、四郎をとりまく状況がまるで違ったものとして描かれる。懸案だった妖術使いの神父金鍔(キンツバ)次兵衛の登場が最大の仕掛けであり、文学上でも冒険に近い試みだった。

 次兵衛はあらゆるものを憎み、絶望と破壊衝動を秘めた悪魔的な男だ。「わが血」の最初の血はこの悪魔の血で、これが四郎へと引き継がれ、乱に至る、という構想だろう。

「逃亡と潜伏、死の戯れの半生に次兵衛の魂は孤絶したが、孤絶せる魂には死生も亦たゞ退屈にすぎず、魂の結び目をとく何物もなかつた」

 四郎もまた「十四にして断崖に孤絶し、足もとの奈落を冷然と見て」「絶対の王者」を夢みている。ふたりの悪魔は「孤絶」の魂をもって響き合う。

 本作は事実上、安吾の戦後第一作の小説として『近代文学』に発表されたが、編輯兼発行人だった本多秋五の回想によると、「堕落論」や「白痴」のような作品も書けるのに「おれたちの雑誌にはあの程度のものをよこしゃがった」と不満だったらしい。

 もっと見る目のある編集者がついていれば、それまでの文学に現れなかった「悪魔」の性格に迫る新文学として、文壇の大きな動きへと結びついたかもしれないのに……。せめて「その二」ぐらいまでは発表させてほしかった、と憾まれる。

(七北数人)