坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「愉しい夢の中にて」

 22歳の若さで死んだ詩人河田誠一への追悼文。安吾の書く追悼文はどれも風変わりだが、これもかなり奇態な、夢の光景が描かれている。

 夢の中で河田は真っ青な顔をした幽霊だが、安吾と2人、まるで空想旅行でもしているように、愉快でポップなファンタジー世界をたのしんでいる。

 河田の名は一般にはほとんど知られず、わずかに安吾とのかかわりで名を残す。

「二十七歳」に登場する河田のイメージは、中性的で磊落、みんなに愛される温厚な男だ。安吾と矢田津世子とのキューピッド役を買って出てくれたこともある。矢田は河田の訪問を受けたあと、安吾に会い、河田の「心のあたたかさと、まじめさと、友情の深さ」を褒めちぎった。安吾自身もまた、『桜』同人中「特に河田には気質的にひどく親愛を感じてゐた」と書いている。

 大学予科の同級生だった田村泰次郎らと同人誌をつくっていた未成の詩人だが、田村は河田のことを「豊麗無比な感覚」をもつ「天才」と評した。

 たとえば「さくら花 1」と題された河田の詩の一節――。

   見てはならないものを見た。ねざめの汗ばみの中にもえさかる

   火に、時代の潮流と、大陸の臭気と、野天のひかり。

   思へばそれもほのかな白日夢に置かれた自分の周囲であつたが。

   自分の翳(かげ)であつたが。

 また「春」という詩のラストは、こんなふうだ。

   ボロボロの鳥。

   わたしの抱いてねたあなたの肉体は春であつた。

「失敗の底に光る高い精神と、輝やく眼光は大成の日の豪華さを思はせた」と安吾が評した、その詩の世界は夢とともにあり、ところどころ青春の鬱屈が翳を落とす。

 安吾のやさしくあたたかな文章からも、いつも夢の中をあるいていたような河田の、端正でやわらかな雰囲気が浮きあがって見える。

(七北数人)