坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「ぐうたら戦記〔わがだらしなき戦記〕」

「戦記」とあるが、日中戦争の始まりから太平洋戦争の終わりまで、自分がいかにぐうたらに、だらしなく過ごしてきたかを漫談でも語るように書き流した作品。その間、京都、取手、小田原など転々とし、安吾の創作人生中、最もヘコんだ「書けない」時代だった。

 1947年1月、流行作家になった安吾は、各社の雑誌新年号に小説やエッセイを一気に十数作も発表、書きおろしで『二流の人』も刊行した。しかも、それら大量の作品群がみな、安吾の代表作に挙がることの多い、文章密度の濃い作品ばかりで驚かされる。

 そんな中の一篇である本作は、かろみとユーモアたっぷりで、息抜きにちょうどよい。安吾作品の愛読者にとっては、おなじみの話のオンパレードだ。どこそこはアノ作品から、こっちはアレという具合に、だいたい指摘できる。

「たよりないこと夥しく」「誰よりもダラシなく」「類例の少いグウタラな」「ノンダクレ」であると自らを規定して書いていくので、面白おかしく語るための誇張も多い。でも、振り返ってみれば、本当にそうだったじゃないか、ということになってしまう。そういう「自分」も確かに、いたからだ。

 開戦の報を聞き、ぴりぴりした緊張感の中で焼酎を飲む名品「真珠」から、緊張感だけごっそり取りのけて語ると、世間の生活と無縁の、本当にぐうたらな自分ができあがる。

 それでも、「吹雪物語」執筆に苦しんだ京都時代の話から、だんだん文章が重く沈みはじめる。自分の中に、激しく自分を罵る声が響く。取手ではもう「感情が喪失して」「自分を見失つた馬鹿者」となり、「砂漠の無限の砂の上を一足づゝザクリザクリと崩れる足をふみぬいて歩くやうな味気なさ」の中にいる。

 だから、太平洋戦争となり、小田原で怪人「ガランドウ」こと山内直孝と飲みあるく、カラッと空へ抜けるようなバカ遊びが一種の救いとなる。「真珠」とは違って、この作品の中ではただぐうたらに、だらしなく遊んでいることが救いなのだ。

(七北数人)